大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(ワ)5507号 判決

原告 甲野春子

右法定代理人親権者母 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 浅香寛

同 奥平力

同 下平坦

被告 甲野松子

〈ほか三名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 柏崎正一

主文

一  本件訴を却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  別紙物件目録記載の建物について競売を命じ、その売得金を原告に九分の一、被告甲野松子、同甲野三郎にそれぞれ九分の三、被告甲野一夫、同甲野次夫にそれぞれ九分の一の割合で分割する。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告らの本案前の答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は、原告、被告甲野一夫、同甲野次夫が持分各九分の一、被告甲野松子、同甲野三郎が持分各九分の三の割合で共有している。

2  原告は、再三被告らに対して本件建物の分割を請求したが、協議が調わない。

3  よって、原告は民法二五八条二項に基づき、本件建物の分割を請求する。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

三  被告らの本案前の主張

本件建物は、元は訴外甲野松太郎が所有していたものであるが、昭和五五年一二月一七日に同人が死亡し、その妻甲野ハナ、長女被告松子、三男被告三郎並びに長男一郎(昭和四八年一月二〇日死亡)と妻竹子との間の長男被告一夫、次男被告次夫、長女原告が相続した。さらに、昭和五七年一月九日訴外甲野ハナが死亡し、その相続も開始した結果、本件建物は原告及び被告らの共有となったものである。

従って、原告及び被告らは共同相続人であり、本件建物は遺産であって、その遺産分割協議はまだ調っていない(昭和六一年二月四日原告が被告らを相手方として東京家庭裁判所に遺産分割調停を申立ている。)から、本件建物の分割は家庭裁判所の調停及び家事審判手続によってなされるべきものであり、本訴は不適法なものである。

四  本案前の主張に対する原告の答弁

被告ら主張の各事実は認める。遺産を構成する財産については共有物分割訴訟が許されないとの主張は争う。

すなわち、最判昭和五〇年一一月七日は、共同相続人が分割前の遺産を共同所有する法律関係は、基本的には民法二四九条以下に規定する共有としての性質を有すると明示しているところであり、そうであるならば共同相続人の一人が共有物分割請求をすることが許されるのは当然のことである。

更に、遺産の分割手続を審判によって行おうというのは、とにかく家庭内、血縁者で起こると思われる紛争を未然に防ぎ、円満に事を解決するために国家が後見的立場から家庭裁判所における手続を用意したものである。しかし他方、共有物分割の手続も法定されているのであるから、共同相続人としては自己の共同所有権に基づいて、後見的立場からの国家の介入を受ける審判手続か、当事者の紛争を前提とした裁判制度のどちらを選ぶかの自由を有するとするのが、手続を二つ定めた我が国民法の趣旨に合致し、相続人の市民としての当然の権利であると考えられる。そして、ひいては審判手続が長期化し、遺産分割が一般に煩わしく感じられる相続人が二つの手段を選択的に行使することによって、分割手続が迅速に行われることになる。

従って、選択的に手続を行使することを許さないのは、市民のもつ請求権を不当に制限し、分割手続を遅延させるもので、このような見解を採用するわけにはいかない。

第三証拠《省略》

理由

一  本件建物は原告及び被告らの共有であるが、これは同人らが甲野松太郎及び甲野ハナを共同して相続したためであること並びに甲野松太郎及び甲野ハナの遺産分割はまだ未了であることについては当事者間に争いがない。

二  そこで、右のような場合、共同相続人は遺産に属する財産について共有物分割の訴を提起することができるかにつき検討する。

民法九〇七条二項は、遺産の分割について共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人はその分割を家庭裁判所に請求することができると規定し、これを受けて、家事審判法九条一項は、遺産の分割を審判事項と定めている(乙類一〇号)。そして、遺産分割の基準については、民法九〇六条は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮して分割をするものとしており、遺産分割の方法として、家庭裁判所は、遺産の任意売却を命じ(家事審判規則一〇八条の三)、現物分割に代えて共同相続人の一人又は数人に債務を負担させ(同一〇九条)、或いは特別の事由があるときには期間を定めて分割を禁ずる(民法九〇七条三項)ことができるものとされている。このように、遺産分割を家庭裁判所の審判事項とし、分割の基準を特別に定め、分割方法について民法二五六条以下の通常の共有物分割とは異なる方法を定めた趣旨は、右通常の共有が原則として私的自治に基づいて個々の財産について生じ、その分割も共有の物理的一部分を分与することを原則とすれば充分であるのに対して、遺産の共有関係は、被相続人の死亡により、被相続人の有していた多種多様の財産について、一定の身分関係のある者の間に、当然に生ずるという特質を有しているので、その分割についても、民法九〇六条の基準に従って、遺産を全体として合目的的に分割すべきであるとの強い要請があるためであると考えられる。そうすると、原告主張のように、分割手続が二種類法定されているからそのどちらを選択することもできると解すべきではなく、逆に、共同相続人のみによって遺産が共有されている場合には、その分割は、必ず家庭裁判所の家事審判手続によってなされるべきであると解するのが相当である。したがって右のような遺産の分割を民法二五八条の定める共有物分割の訴により求めることはできず、そのような訴は不適法である。

三  よって、本訴請求は不適法であるから、その余の点について判断するまでもなくこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佃浩一)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例